足の速いHERO
小学生のときって
足の速い人がカッコ良くて、モテて、クラスのHEROではありませんでしたか?🏃♂️
少なくとも僕の学校ではそうでした🏫
自分は小2からずっとリレーの選手でしたが、確かにそんな気はしました。
でも、学年にいつもぶっちぎりの人がいて勝てなかった。
しかも、毎年違う速い子が出てくるんですよね。笑
男女共通の話題には必ず、学年で足が速い子が出ていたような気がします。
そんな中で、自分はやっぱりHEROにはなりきれなかった。
中高の陸上部はどうでしょうか?
体育祭で暴れ回るのはリレーではなく、騎馬戦や棒倒し。
リレーのメイン感は薄れてしまいます。
私たちにとってのHEROも移り変わるのです。
でも、速い人って速いって認められますよね。
承認欲求とは少し意味合いが違うけど、そこに意味を見出してたいたのは確かです。
自分にとってのHEROとなっているのです。
自分をHEROというとちょっと引いちゃいますね。笑
でも幼い頃からどこかに必ずHEROがいて、
泣いた時に慰めてくれる友達
悪い敵を懲らしめてくれる戦隊
クラスをまとめあげてくれる先生
など探せばすぐに見つかります。
自分の中では今も足が速い人はちょっとHERO的な存在で、憧れてしまいます。
もちろん、もう大人なので人間性についてもちゃんと見ないといけません。
でも、そのHEROに追いつきたいから今も陸上競技を続けられているのです。
誰にとってでもない。
何のためでもない。
とにかく自分にとってのHEROであればそれでいい。
でも弱いHEROなんてカッコ悪いですよね。
何なら誰にも負けない最強になりたい。
それがイマの自分を突き動かしています。
ちょっと子供っぽい?
毒っぽい世の中で数少ない純粋さだと思いますよ。
理屈じゃなくてこれは感覚の問題です。
正直、論理的に納得できるようにこの考えを伝えることはできません。
でも、そこにキラキラしたものを感じ、近づきたいという気持ちが湧き、実際に今も走ったり教えたりしている。
これが結果というしかありません。笑
みなさんにこの考えを理解して欲しい訳ではありません。
今一度、あなたにとってのHEROとは何かを少し考えてみてはいかがでしょうか?
目標を持てないことや先が見えない人が周りにもいます。
HEROを突き詰めると何か見える気がしました。
だから、俺は走るんです。笑
おしまい!
思ったらすぐ書きます😂