【第29回】批判な社会に向けて
無意味な批判があまりにも多いスポーツ界ですね。
気にするなと言ったって気にしちゃう。
アスリートだって1人の人間ですから。
そんな馬耳東風人間なんてそうそういないから。
先日、バドミントンの奥原選手がこうツイートしていました。
ジャンプの高梨沙羅選手が化粧をして試合に出ていることに関して、ネットバッシングが横行しているニュースでした。
本人は見ていないと思って主張しているのでしょうか。
これって知らないうちに本人に届くと思います。
本人だってずっと気にしないでやっていくなんて大変。
余計なことにエネルギーを何で使わせるのか苛立ちが止まりません。
批判って何で生まれるのでしょうか?
恐らく批判している人間はこういう気持ちなんでしょう。
- いつまでも昔の○○でいて欲しい
- ○○が結果でないのは化粧のせいだ
- 高校生でサングラスなんて生意気な
- 純粋さがなくなった
完全に自分の中でアスリート像を作ってしまっています。
アスリートはこうあるべきだみたいな。
スポーツは何でオシャレしちゃダメなんですか?
オシャレしたら記録が出ない?パフォーマンスは落ちる?
そんな根拠どこにもないです。
自分の個性だしても勝つ人はちゃんと勝ちます。
負けることにもちゃんと理由があります。
決して装いやオシャレのせいではありません。
無意味な批判は悪い方向にしか事は進みません。
よかれとおもって言ったその一言、立ち上がらなくなるまで陥れるかもしれない凶器だと分かっていますか。
陸上競技でもこんなことよくあります。
女性アスリートが化粧することへの批判はなくならないし、サングラスをすることに批判する人間もいる。
個性でもあるし、自分のやりたいことでもあるんです。
ルールで別に禁止されてないですからね。
海外の方がその点、寛容な風潮があります。
ダイヤモンドリーグとか見てください、自分の個性を大切にできつつ、パフォーマンスを楽しむ試合として盛り上がっています。💎
ロジャースのNIKEのヘアバンドカッコいいし、フレイザーの髪の色奇抜で楽しいし、バーシムのロングソックスも似合ってるし…
自分の好きなことに好きなウエアで参戦するのって当たり前だけど素晴らしいですよね。
日本だとすぐに否定的な意見が出てくる。
ここの差は大きいと思います。
海外では試合を一種のアミューズメント化しており、誰もが選手と楽しめる場所が用意されています。
先程の例にもあったダイヤモンドリーグは、世界各国で第○戦という形で転戦し、年間ポイントを争う仕組みになっているんです。
近年、陸上競技もスコア化が進みより親しみやすいものとなってきました。
得点だとやっぱり球技に近いイメージが湧いてくると思うし、どこか親近感が湧いてきますよね。
そんな場が日本にはないからという理由ではありません。
日本に寛容な心がないというわけではありません。
近年では、日本でも室内陸上競技場を各地で作ったり、日本人選手もダイヤモンドリーグに参加したりする時代になっています。
今少しずつですが、日本の陸上競技も変わってきています。
そんな中で無生産な批判をする人々はそう言ったことを分かって言っているのでしょうか。
少し熱くなってしまいましたが、アスリートとはある意味生業です。
批判から応援へ、この難しいようで考えを変えれば一瞬でできることが当たり前な社会になることを望みます。
そのためには選手を表面上だけじゃなくてもっと知ること。
人って表面だけじゃわかりませんよね。
人のバックグラウンドにはそれぞれのストーリーがあって、色んなことを越えて今日まできました。
きっと"本当の"彼らを知ることが、自分の批判の無意味さを自覚する契機になります。
人を知ること。
これを満たすことが、スポーツをいい方向へと導くエネルギーになるはずです。
ひさびさにまとめいきましょう!!
【批判する人は自分の中で勝手なアスリート像を作っている。人は表面だけじゃわからないし、人を知ることでこういった社会は変わっていくはずです。】
次回は、、、
寝て強くなりましょう!!!!!!!😪
は????????????????
お楽しみに!